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2010年1月21日 (木)

その時はどこに ~阪神淡路大震災

以前も書いたかもしれませんが、毎年この季節になると2つのことを思い出すのです。

阪神淡路大震災とサリン事件です。どちらも多くの罪のない人々が犠牲になりました。その時自分はどうしていたのか。鮮明に覚えているのです。これらは、人生の中で忘れられない日がいくつかあるうちのひとつであることは、間違いありません。

今日は震災の日のことです。私はロンドンに住んでいたのですが、その日はたまたま徹夜をする仕事があり、現地スタッフも含めて10名ほどが仕事の準備をしていました。徹夜の理由は、日本のお客様と翌朝取引をすることになっていたからでした。丁度、ロンドンで打ち合わせを終えたころ、CNNが薄暗い日本の景色と煙を映し出し始めたのです。しかし、日本時間で6時過ぎごろだったので、電話することをためらっていました。7時ごろになって東京の本社に電話をすると、関西出身の社員が「電話が通じない。よくわからない。」とのこと。そのうち、CNNが色々な映像を映し出し始めたのです。しかし、まだ被害がよくわかりませんでした。

それからその取引を中止するかどうか議論になりましたが、東京は影響が少ないだろうということで実行されました。しかし、どうしても胸が苦しいような違和感がありました。机にすわりただただCNNのモニターを見ていたのですが、明らかに受け入れられる光景ではありませんでした。

時間がたつにつれ入ってくる情報は増えました。国際回線は優先されたらしく、関西の親族と話せた社員もいました。しかし、2、3日たってもその違和感が胸の奥から(正確には胃なのかもしれませんが)離れませんでした。

それからBBCやCNNで見た報道にはただ呆然とするばかりでした。遠く離れていても襲ってくるこの違和感に、国に対する思いを感じ、そして遠く離れて何もできない自分に苛立っていたのです。東京本社の同僚の中にはボランティアで神戸に飛んで行った社員もいました。

あの違和感を一生忘れません。  合掌

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コメント

震災の時、東京の自宅で両親と祈るような思いでTVを見つめていました。
サリン事件の日、事件現場近くの病院で、父の余命宣告を受けていました。
多くの方の命が無惨に失われたこの年は、私にとって一生忘れることのできない年となりました。

投稿: 撫子 | 2010年1月22日 (金) 18時51分

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