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2014年3月15日 (土)

東日本大震災から3年

はやいもので2011年3月11日から3年が経ちました。あの年はニュージーランドのクライストチャーチでも地震があり、今なお倒壊した教会が残されています。 たけしさんが、週間誌のインタビューで語っていた犠牲者の数との向き合い方が、印象に残っています。2万人の犠牲者ではなく、尊い1人の命が犠牲になるということが2万回もあったのだ、と。

身近な人が亡くなる時の苦しみ、悲しみは、経験のある人であれば、思い出したくもないくらい重いものではないでしょうか? それが2万回も続いたとしたら、それこそ生きることが苦痛になってしまうくらいの衝撃ではないでしょうか。
あの日、私は会社にいて、揺れの中で机下に入り「家族に電話をして。」とチームメンバーに叫んだ記憶があります。つながったのは2人のみ。あとは、回線があくまで5時間ほど待たなくてはなりませんでした。
命の重さをあらためて感じた今年の3月11日でした。
合掌

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コメント

昨年末、父親が他界しました。
それまで、死者と対面した事の無かった私にとって、一晩遺体と過ごした事は初めての経験でした。
物言わぬ冷たい骸と化したその姿には、生前の身勝手さや傲慢な態度など微塵も感じられず、人形のように横たわった彼を眺めているとすべてが無に帰したのだなと、正直にそう感じられました。

色々と問題のあった人でしたが、いなくなって数ヶ月だというのに、その数倍もの月日が経った様な気がします。
遺品整理の日々が続きますが、一人の人間がいなくなるという事は、これほどまでに多くの歴史が刻まれるものなのかと改めて思い知りました。

震災で遺された方々も、様々な想いを抱かれている事でしょう。
父親を亡くして初めて、被災地の皆さんに少し近づけたような気がします。

投稿: LONE-WOLF | 2014年3月18日 (火) 06時18分

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